勉強のコツ教えます-人気数学塾秘伝の勉強法

東大卒講師の個別指導塾「永野数学塾」が勉強のコツをお伝えします。

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演繹法と帰納法 


今日は演繹(えんえき)法と帰納(きのう)法という

数学的思考の2つの方法について

ご紹介したいと思います。

あまり馴染みのない言葉ですよね?

少し数学でうでに覚えのある方なら

高校の時に「数学的帰納法」というを習ったのを

覚えていらっしゃるかもしれません。


まず演繹法ですが、

これは

「全体に成り立つ理論を部分にあてはめていくこと」

をいいます。

例えば、

「太陽は必ず東から昇って西に沈む。
 
 だから、
 
 今日も太陽は東から昇って西に沈む」


というのは演繹的な思考の方法です。

他の例で言えば、

「n角形の内角の和は(n-2)×180°で与えられる

 だから、

 7角形の内角の和は(7-2)×180°=900° である。」


と考えることも演繹的な考え方です。

この考え方は

皆さんにとっても比較的馴染みの深いものではないでしょうか?

普段の生活でも、例えば

「雨の降る日は渋滞しやすい」という「理論」から

朝、雲行きがあやしければ、

「よし、ちょっと早めに家を出よう」

と自然に考えられていることと思います。


これに対して、帰納法というのはどういうことでしょうか。

帰納法というのは

「部分にあてはまることを推し進めて全体に通じる理論導くこと」

です。

それは例えばこういうことです。

「Aくんの飼っていた亀が死んでしまった。
 
 Bさんの飼っていたウサギが死んでしまった。
 
 Cさんの家の花が枯れてしまった。」
 
…という個々の例から、

「『すべての生物は死ぬ』」

という全体に通じる理論を導き出すことです。


この帰納法の考え方は別の表現で言えば、

個々の例から出発してそれを一般化するということです。

一つ、ちょっと難しい例題を出してみましょう。

1、1、2、3、5、8、13、21、39…

という数の列(数列)を見て下さい。

でたらめに数が並んでるように見えるかもしれませんが

この数列は実はある一般化できる法則に基づいて並べられています。

どのような法則か分かりますか?

…ちょっと難しいですよね。

実はこれは「前の2つの数を足したら次の数になる」

という法則に従って並べられています。

3番目の数「2」は1番目と数「1」と2番目の数「1」の和です。

7番目の数「13」も5番目の数「5」と6番目の数「8」の和になっています。

これは数学をやっている人間にとっては有名な数列で

フィボナッチ数列と呼ばれるものです。

n番目の数を と書くことにして、

一般化された法則を式にしてみると

  

という式になります。(まあ、この際式はどうでも良いのですが…)


ではこの帰納法=一般化の能力は

どのように普段の生活で役立つのでしょうか?

ここであなたが失恋をしたとします。

とても悲しい事です。とてもつらいことです。

でもその失恋から人として学ぶことはなかったでしょうか?

特定の相手に振られてしまった原因になったあなたの「言動」は

実はどのような相手に対しても振られてしまう原因になり得ることに

気づくことができれば、あなたはもう二度ど同じ過ちは犯さないでしょう。

人として大きく成長できるはずです。

嫌なことがあったとき、

一般化できない嫌なことは単なる嫌なことですが

一般化できた嫌なことはあなたの成長に繋がるのです。



演繹法や帰納法でものごと考えられる能力に限らず

数学的な思考を身につけることは

人生を生きて行く上でとても大きな財産になります。

三角関数もベクトルも微分・積分も日常生活で必要になることは

ほとんどありませんが、にも関わらず

数学がほぼすべての先進国で必須科目になっているのは

このような数学的思考を身につけることが最大の目標だからです。

三角関数もベクトルもそのための材料にすぎません。


学生の皆さんの多くが次から次へとやってくる試験や課題に終われて

なかなかそのようなことに気づく余裕はなく

数学の勉強が単なる公式のあてはめに終始してしまって

結果として「数学嫌い」になってしまうことは

とても残念なことだと思っています。


私は永野数学塾での授業を通して

生徒皆さんに数学を学ぶことの意味を分かってもらうこと

そして、

数学が好きになってもらうことを

一番の目標に日々授業を行っています。

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カテゴリ: 勉強のコツ!

テーマ: 子育て・教育 - ジャンル: 学校・教育

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Posted on 2011/07/30 Sat. 08:27    TB: 0    CM: --

数学はひらめきではない 

皆さんは

「ひらめきのある人は数学ができる人

 ひらめきのない人は数学ができない人」


と思っていませんか?

実はこれは大きな誤解なんです。

確かに数学の問題集の解答には

自分が思いもつかないような

格好よいスマートな解答が載っていることがあります。

そんな解答を見るたびに

「こんなの思いつかないよ~」

と嘆いてこられたのではないでしょうか?

そして

「結局、私には数学の才能がないのね…」

と挫折感を味わいつつ諦めてしまったのではないでしょうか?


でも、決してこのような「ひらめき」=「数学の力」ではないのです。

真の数学の力とは他の人が思いもよらない「ひらめき」によって、

人より早く解答にたどり着く力ではなく

どんなに困難な問題であっても、

一歩一歩論理的に解答に近づいていくことのできる力のことを言います。


ではなぜ数学の問題集の解答には

一見「ひらめき」に頼ったような

スマートな解答が載っているのでしょうか?

この答えは単純です。

印刷物にはいつも紙面の制約があるからです。

私もこれまで何度か問題集や参考書の類の執筆をしてきましたが

原稿の発注を受ける際には必ず、

「○○ページでお願いします」

あるいはもっと厳しい場合には

「○○行でお願いします。」

と制約がつきます。

そういう状況においてはどうしても

解答の一部は端折るざるを得なくなってしまうのです。

それでも、

解答のエッセンスだけはできるだけ原稿に残すように努力はするのですが

そのエッセンスを繋ぎあわせた必要最低限の解答は

その問題が分からない人からすると

「え?なんでこの行の次にこれが来るわけ?

 こんな変形をどうして思いつくわけ?

 この補助線はどうして引けるわけ?」


と?マークがたくさん浮かんでしまうことになります。

でも、一見ひらめきに満ちているように見えるその解答の「行間」には

泥臭い地道な思考のプロセスがきちんとあって

解答者は「必然的」にその答えにたどり着いているのです。



皆さんは

学校の先生や塾の講師や家庭教師に

教科書や問題集の問題について

「ほら、こうすればできるでしょう?」

と格好の良い解答を見せられて

終わりにされてしまった経験はありませんか?

そして

「なんだか分からないけれどああやれば

 解けるみたいだからこれは覚えるしかないな…」


と無理やり自分を納得させてきたことはないでしょうか?


でも、ご承知の通り、

それでは数学の力はまったくつきません。

数字を変えただけのような類題が出れば

解法のあてはめによって解けることもあるかもしれませんが

それは数学の力とは関係のないことです。


私は数学を教える際に最も大事なことは

その解法に至る「行間」をどれだけ

生徒さんに見せてあげることができるかだと思っています。


ひらめきではなく、

ましてや決して暗記ではなく

論理の上で必然的にその解法にたどり着いているその思考のプロセスを

言葉を尽くして説明することこそ数学を教えることだと思っています。


実際に永野数学塾では

このような信念のもとに

解答の「行間」を出来るだけ教えるようにしています。

一見ひらめきのように見えた解答に

きちんとした地道なプロセスがあることを知ると

生徒さんはみな安心したような笑顔をみせてくれます。

そしてそんな生徒さんが

「数学って楽しいですね!」

と言ってくれるときは

まさに教師冥利につきる喜びです。

カテゴリ: 勉強のコツ!

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Posted on 2011/07/28 Thu. 09:10    TB: 0    CM: --

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